2015.4.22

30歳からの処女航海。
結婚と仕事、
そして離婚

子供をもうけて家族として幸せになったはずなのに、次第に夫婦の間にはわかり合えないグレーゾーンが広がっていく。苦しみを経てついに離婚。家入明子さんが全力で自分でオールをこぐまで。

結婚→家族が苦しい→おひとりさま
私のことではないですか

家入明子 結婚 離婚 おひとりさま 恋愛 ©Mateus Lunardi Dutra

今わたしの手元にある3冊の雑誌。

an・an 特集:大人の恋の見つけ方
AERA 特集:家族はなぜ苦しいのか
CREA 特集:東京ひとりガイド


 そもそも恋がみつからないan・anと、結婚して家族になったものの苦しいAERA、そしてもういっそひとりで楽しむことにしたCREAである。
この流れには既視感があるぞ、と思った。

 幸いにも見つかった恋を勢いでものにして結婚。
子供をもうけて家族として幸せになったはずなのに、次第に夫婦の間にはわかり合えないグレーゾーンが広がっていく。苦しみを経てついに離婚。
ついには腹をくくってひとり(ときどき子供ふたりと)で東京を楽しむフェーズに…そうだこれ、ほかでもない、私のことではないですか!

 いっそのことan・anとAERAとCREAと私とで顔をつきあわせて語り明かしたい。一人でいるのは寂しい。
しかし誰かとずっと一緒にいるのも、それはそれで苦しいんだよね、と。

 数年前、私がまだ専業主婦だった頃のある日。地元福岡の友人が、東京の我が家に遊びにきていた。
当時未婚かつ恋人のいなかった彼女は、夕飯のあと、すこしお酒が回った頃に、わたしのことを「うらやましい」と言った。彼女の目からは、結婚して、子供もいるわたしが「一丁上がり」の状態に見えたんだろう。

 だけどその実、当時のわたしは漠然と後ろめたさを感じていた。
なにしろ18歳のときに結婚したもんだから、ちゃんと仕事をしたことが一度もなかった。社会の一員になりきれていないようで、絶えず誰かに申し訳ないような気持ちでいた。
そこに輪をかけて当時、夫との関係もうまくいっていなかった。
夫は結婚直後に勤めていた会社をやめて起業したのだが、これが予想外にうまくいって、私たちを取り巻く環境は激変していた。
住む場所は福岡から東京に変わり、夫の収入は結婚当初の約10倍になっていた。帰宅は決まって深夜から朝方となり、どこで調達したのか気づいたらDOLCE&GABBANAと印字されたパンツをはいていた。
「大好きなもの:シャンパンタワー」というような風情を感じさせ始めた頃に「最近おかしいんじゃないの」と私は言った。
けれども夫は、自分は変じゃない、むしろ私の方こそ母となって変わってしまったのだと言う。

自分のオールを手にし新しい大陸を発見する

一つ屋根の下で生活を共にしていながら、互いの理解できない部分ばかり増大していくというのはとても怖いことなのである。
息の詰まるよう状況が何年か続いて、あるときついに夫が家から逃げ出した。
これによって当然いろいろな問題が生じたが、最も深刻な問題は、当時専業主婦だった私が、自分と社会とをつなぐ、夫という唯一のパイプを失ってしまったことだった。
なにしろそれまで、夫の操縦するジェットコースターに便乗して、黙っていても休みなく刺激が降ってくることに慣れ切っていた。
夫を欠いたことにより今後それらは得られなくなってしまうかもしれない。「やばい、このままでは私の世界は小さくなってしまう」と私は焦った。
自分でオールを漕いで船を進め、新しい大陸を発見しなくてはならないと思った。

 そこで私は、とにかくたくさんの人と会うことにした。そんなことより仕事でも始めておくべきかと思いつつ、とりあえずそれも、人の中にさえいれば何かしら役割が見つかるのではと思ったのだ。
子育て中の身で家を空けてばかりもいられなかったので、ときには自宅をバー化し、お酒とごはんを餌に、友人達を自宅に招いたりもした。
弱った若い子がしばらくうちに住むこともあった。幸い人を見る目はあったので、我が家にやってくる友人たちはみな、私の子供たちを育てる上でも、心強い仲間になってくれた。

 そうして徐々に広がっていった人の縁で、あるときIT系の勉強会やセミナーイベントを開催する非営利団体に運営メンバーとして所属することになった。
初めて名刺を持ったときにはとても感動した。一般的なメールの書き出しが「お世話になっております」であることなども、このときに教えてもらった(「こんにちは」から始めるものだとばかり思っていた)。
そうこうするうちに、ここでの活動を通して知り合った経営者に声をかけてもらって、都内の小さい出版社で働くことが決まった。
思いがけず転がってきた念願の社会人デビューである!最初は事務所の掃除や簡単なデータ入力のお手伝いをしていたが、色々あって気づいたら広報を任されていた。

 誰かの奥さん、誰かのお母さんとしての役割を演じるのもなかなか面白いけれど、どちらでもない個人の私として世の中を泳ぐというのはまた別格の味わいなんである。
個人として社会に出て行くからこそ巡り会う「あれ、私女性としてまだまだオッケーですか?」というようなちょっとしたラッキーハプニングも、砂漠化した心に程よく恵みの雨を降らせてくれた。
自分でいうのもなんだが、私の意を決した船出は大成功。逆境をバネに私、全力で羽ばたいた。

自分を不幸にするのは自分だけ

結婚したって離婚できるし、離婚しなくたって葛藤は色々ある。だから残念ながら結婚したって簡単には一丁上がれない。
思うに、結婚に限らず、出産も就職も、そして離婚も、すべて、平坦な道の途中でたまたまぶつかる、ちょっとしたY字路のようなものだ。
どっちに進んでもいいけど、それじゃ、って感じで結婚する方に進んだら、進んだ先の世界が広がる。
同じように別の道に進んでいたとしても、それはそれでまた別の世界が広がっているだけの話。

 夫と別居した途端、たくましく自立への足場を固め始める妻。
夫がどう思っていたか知らないが、えてして男性とは面倒事を嫌いながらも、自分を欠いても平常運行する世界を目の当たりにするとたちまち心を折ってしまう繊細な生き物であって、改めて思えば私に妻としての可愛げはまるでなかった。
そんなことは百も承知だが、いかんせん私は我慢強くなかった。一刻も早く陽気に生きたかった。
だから最も手近にあった道をグングン進んだ。
進んだ先にはたくさんの新しい出会いと就職、独立、そして離婚があった。
正解か不正解かは誰にも決められないけれど、少なくとも現在までの道中、無数の刺激と手応えに満ちていた。

 結婚や恋愛に縁遠かったり、出産の機会がなかったり、あるいは離婚したりすると、ときに世間は女性に身勝手な不幸の烙印を押してくる。
…もしくは、そんな気がすることがある。だけど、そもそも目の前にない道には進めないんだからどうしようもない。
どうしようもないことに絶望するより、目の前にある道をちょっとでも進んだほうがまだ楽しい。
自分を不幸にするのは無責任な他人の声ではなく、自分を楽しませる努力を怠る自分だけだ。

私たちの欲望は明日を刺激的にする活力となる

冒頭で紹介したan・an、AERA、そしてCREA。
この道はいつか来た道…そんな思いで胸を熱くしていると、例によってうちにご飯を食べにやってきていた男の子が呆れたように言った。

「女の人って大変ですよねえ」

 ええ、全くその通りです。私たちの欲求はとどまるところを知らないし、結婚したって何したって終わらせてくれない。
だけど「逃げられない」なんて絶望する必要は全くない。
なぜなら終わらない欲望とは、明日をもっと刺激的にするための活力に他ならないから。
私たち、死んだ様に生きていないからこそ望み、いつまでも冒険を続けるのだ。

 見えない人の声に惑わされることなく、やれることをやりたい放題。そうやって、他でもない自分自身を、誰より楽しませてやればいのだ。

Text/家入明子