2015.8.26

知恵と教養で
逆境をのし上がれ!
『夢の雫、黄金の鳥籠』

オスマン帝国の実在した皇帝スレイマンと、その側室ヒュッレムを巡る本格歴史ロマン。
側近イブラヒムへの募る思いとは裏腹に、皇帝に抱かれるヒュッレムの運命は……?

皇帝の側室ヒュッレムが愛した男は、皇帝の側近だった!?

 少女漫画の基本は、≪自分はフラフラしても、相手は自分ひとりに一途≫です。自分が男の排泄所になるというのが、女にとってもっとも屈辱なのです。
 だから、たいていの少女漫画に登場する男子は、主人公に対して誠実です。

 ……という大前提を覆す作品が登場しました。『夢の雫、黄金の鳥籠』です。オスマン帝国の皇帝スレイマン1世の寵姫ヒュッレムを主人公にした歴史ドラマ。『天は赤い河のほとり』の作者が描くトルコもの第2弾です。
『天河』は、主人公が架空の人物だったのでファンタジー色が強いのですが、今作は実在の人物が主人公。作者初の本格的な歴史物語と言えそうです。

 ヒュッレムはスレイマンの妾ですが、好きな人はスレイマンの小姓頭イブラヒムさまです。イブラヒムさま好き好きと思っているのに、夜のお伽はスレイマンさまなのです。Oh……。

 じゃあスレイマンさまがヒュッレムだけを愛する一途な人なのかというとそんなことはなくて、ハーレム持ってるスルタン(皇帝)です。
一般的な少女漫画は、主人公はどっちの男にしようかフラフラしてても、男は主人公ひとりに命をかけなければいけないというのに、スレイマンさまときたら、よその女を孕ませてます。
これ、現代だと「ごめん、彼女が妊娠したから、お前とは別れて彼女と結婚するわ」みたいな展開でしょう。おおお、女がもっとも体験したくないシーンですね。

 それでも、スレイマンさまは金髪をきらきらとなびかせてて、クールで物腰が柔らかでとてもかっこいいです。とてもハーレムでやりまくってる人とは思えません。
実際に、トルコの軍事博物館でスレイマンの肖像画を見たときには衝撃でした。うん、お前ならハーレムに入り浸っててもおかしくない風貌だよ、ひげもじゃスレイマンくん!これ見て、改めて少女漫画って夢があっていいなと思いました。

 ちなみにけっこうお気に入りなのが、ヒュッレムのお小姓シャフィークです。耳が聞こえないため口がきけないんですが、寡黙に仕事をこなすところがステキです。話の長い男性があまり好きではないのでね……。

 イブラヒムさまももちろんかっこいいですね。奴隷からその才覚だけで出世をしたやり手です。自分を教育し、指針を与えてくれたイブラヒムさまを、ヒュッレムが慕ってしまうのもムリはないでしょう。
腐女子向けにスレイマンさまとハマム(公衆浴場)でイチャイチャするところも見ものです。

奴隷からハーレム、そして……逆境をのし上がるヒュッレムに学べ

篠原千絵 夢の雫、黄金の鳥籠

 このストーリーをいいなと思うのは、ヒュッレムがたいそう勉強家だということです。
人は誰でも年を取ります。老いるということは、美しさを失うということです。過剰に美しさにこだわるのは、失われていくものに追いすがり、勝てない戦を挑むようなものです。
だって、どんなに若作りしたって、本当に若い人には勝てないんだから。

 だけど、手に入れたら一生失わないものがあります。それが知識です。でも知識を得ただけでは意味がありません。それをどう使うかが問題です。
ヒュッレムはイブラヒムさまから与えられたチャンスを、自分の努力で活用していきます。少女漫画では時折、なんの努力もしないでなんとなく偉そうなこと言って偶然それが大当たりしてうまく行く浅はかなストーリーがあったりしますが、そういう話に騙されないようにしましょう。

 スレイマンさまは「わたしはオスマンの血族ゆえ皇帝などやっているがイブラヒムは違う、自分ひとりの才覚でその地位を手に入れた」と言っています。
ヒュッレムもイブラヒムも、たいそうな逆境からのし上がっています。この話、けっこうなお説教ストーリーだと思うんですよ。つまり、親が貧乏でも学歴がなくても、スタートがマイナスでも、知恵と教養を身につければのし上がれるんです。それは現代でも同じでしょう。

 ヒュッレムは、自分が望んだわけではないけれど、ハーレムに入ることになりました。「そんなのいやだ」と言って拗ねるのは簡単です。でも、それでは天変地異並みのラッキーがなければ幸せにはなりません。
いつかくるチャンスをものにするために、とにかく知識を頭に詰め込んで、自分の頭で考える。ヒュッレムがハーレムでのし上がっていくのは、容貌が美しいからでも、スレイマンに愛されたからでもなく、知恵と知識をフル活用しているからです。少女漫画特有の「甘さ」が控えめなところも好感が持てます。

 スレイマンはオスマン帝国の最盛期を作り上げたスルタンなので、お仕事がいっぱいで女とイチャイチャする時間はあまりありません。長期の遠征も当たり前。その間、ストーリーは「戦場でのイブラヒムの戦略」と「ハーレムでのヒュッレムの攻防」が交互に描かれていきます。
少女漫画には珍しく、イブラヒムの魅力を描くために1巻ほぼ戦闘、みたいなこともあります。『ロードス島戦記』あたりの塩野七生先生の話を読むのが辛い人は、この作品でよいかもしれません。

 また、「ヒュッレムはこれからどうなるの?イブラヒムと添えるの?それともスレイマンさま?」とヤキモキしている方は、『寵妃ロクセラーナ』(渋沢幸子)を読んでみるといいかも。この漫画のベースとなっているように思います。
それからヒュッレムは、「フルレム」と表記されることもあるようなので、調査中の方は情報お見逃しなく。

 ちなみに、イスタンブルには「ヒュッレム・スルタン・ハマム」というサウナがあります。もちろんこのヒュッレムのことで、建物は作品にも出てくる建築家シナンの設計です。 現地で名前を見たときには大騒ぎしましたが、値段もスルタン級だったので、中だけ覗いて他のハマムに行きました。生ぬるいファンですみません……。

Text/和久井香菜子