2017.9.4

SNS上のひねくれた文章も幸せそうな写真も
その人にとっての「作品」だ
/誰に見せるでもない爪

幸せそうな投稿に心がざわつくことありませんか?
第22回は「SNS」がテーマです。

第22回「各々がクリエイティブ」

実際のその人とSNSの充実した生活は乖離していてどれも評価されるものだと描いた作品「各々がクリエイティブ」 ©つめをぬるひと

今回は「ひとりでいることも好きだが、SNSで充実した投稿を見ると寂しくなる」という投稿

 夫婦やカップル、子どもの写真など、人の幸せな様子を見ていると、そう感じてしまうのも分からなくはないが、幸せそうな投稿=その人の本当の姿、ではない。
Facebookでは楽しそうな投稿が多いのに、Twitterでは愚痴がまじった本音をつぶやく、という人も少なからずいる。むしろ、その多面性が本当の姿なのでは。

 先日テレビで「友達とカフェにいる風を装う為に1人で2人分注文して写真を撮る」という女の子を見た。そうまでして…とも思うが、おそらくこれも彼女に言わせれば「個性」だ。
だが、「個性」を奇特なもの、人が持ってないものを持っていることだと勘違いしている人が多い。持っているものや髪型、服装を「○○みたい」「○○系」とくくられるのが嫌という人。もっと個性のある人になりたい、と「個性」というものに強い憧れを抱いている人。でも、なぜか、そういう人に限って「まさに○○っぽい」と何かしらのカテゴリに当てはめられてしまう。

 普通が一番難しい。一見普通のことのように思える「子どもを産み育てること」は「とてもクリエイティブなことだ」となにかのインタビューで読んだことがある。
誰かが作った音楽やアクセサリー、イラストを載せた記事も、夫婦や子どもの写真を載せた記事も、その人が作り出した「作品」と思ってSNSを見ると、寂しいというよりも感慨深くなるんじゃないだろうか。

 Twitterで流れてくる捻くれ且つ的を射た文章。facebookやインスタで見かける幸せそうな姿。どちらも秀逸。どちらもクリエイティブ!
どちらが上ということではない。どちらも評価されるべきということだ。

 今回は、各々の作るものがそれぞれクリエイティブだという主張で爪を作った。

Design&Text/つめをぬるひと

この連載では、爪作家である私が、読者のみなさんが「どんなおひとりさまか?」をヒントに爪をつくります。 あなたのエピソードを添えて、送ってください。
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人生を面白い方向に進ませるのはたったひとつの決断かも…。