2017.9.29

「家族は素晴らしいものだ」
の呪縛から逃げたい人へ
『酔うと化け物になる父がつらい』

『酔うと化け物になる父がつらい』は、
逃れられない「家族」との向き合い方をおしえてくれる作品です。

矛盾を抱えていても放棄できない「家族」

世の中には、自己啓発や心理、癒しなど、いろんな講座やサービスがありますね。
和久井はいろいろ顔を出していて、モロ自己啓発のセミナーに行ったこともあるし、占い系の講座やビジネスセミナーにも顔を出したことがあります。
これらはまったく方向性の異なるセミナーですが、意外なことに言っていることはすべて同じでした。それは「自分の心の声を聴き素直に生きること。そうすれば自然に自分と合わない人は距離ができて疎遠になる」です。

 ビジネスでもプライベートでも、どれほど世間体や周りの意見に流されてしまう人が多いのでしょうか。そしてそれで多くの人が悩んでいるようです。無理して誰かとつき合う必要も、自分を押し殺す必要もないんだということを、あらゆる手段で教えられないと、実行できないようなのです。

 自分に合わなかったり、不快な思いをさせられる人とは、距離を置けばいい。他人ならやりやすいですね。でもそれが家族だったら……? ハードルはもっとグッと高くなります。

 私たちは子どもの頃から「親に感謝しなさい」「親を尊敬しなさい」と教えられてきます。高校受験の模擬面接で「尊敬する人は両親」と答えるのが模範的回答でした。今はそれほど強制されないとは思いますが、それでも「家族という見返りのいらない相互労働関係」に社会はずいぶんと依存しています。子育ても介護も、家族内で完結していれば、社会保障はいりません。
私たちは「家族は素晴らしいものだ」と教えられ、家族がどんなに矛盾を抱えていても、そこを放棄することは許されないプレッシャーを植え付けられています。

『酔うと化け物になる父がつらい』は、毎晩のように泥酔する父親と、宗教にはまっている母親に育てられた女性のノンフィクションです。
ストーリーは、幼少期、クソ男とつき合っていた青年期と、父の介護という大まかに3つのパートに分かれています。

『酔うと化け物になる父がつらい』菊池 真理子 (著)/ 秋田書店

父は人生のなにが辛いのか、記憶がなくなるまで飲み、徹夜で麻雀をして、まったく家族を顧みません。その父の面倒につき合わされていた母は、宗教に逃げ道を見いだします。この家は、子どもたちを優先して考える大人が一人もいないのです。

 私は、作者の家族とは異なる環境で育ちました。父は高給を稼ぐサラリーマンで、母は専業主婦。父はお酒に飲まれることはなく、季節ごとに家族で旅行に出かけ、問題はなにもないように見えるでしょう。それなのに、この作品には共感することが山ほどあるのです。

自己肯定感との戦いの物語


 一見、美しい家族関係に見える私の家ですが、誰もが不都合なことには目をつぶり、口を閉ざしてうわべで笑って過ごします。
女性が多く活躍する職場にいる父は、専業主婦である母の狭い視野や思慮の薄さをあからさまに非難します。そうされた母は、努力を放棄し、薄っぺらい自己顕示欲を見せつけます。私をいつまでも子ども扱いし、自分の立ち位置を確保したがるのです。
夫婦間のねじれは、ダイレクトに子どもに降りかかってきます。そして私がそのカラクリに気がついたのは、つい最近のことでした。

 発達心理学では、人の成長で大事なことは「自己肯定感」だといいます。私はこの家の中で、その肯定感を持つことができませんでした。そのため、大きな一歩を踏み出すことも、自分を信じることもできなかったのです。
この作品の作者も同じで、自分を罵り暴力を振るう男性と、別れることができません。

©︎菊池真理子(秋田書店)2017

自己肯定感は、自分を信じることにもつながります。そのため肯定感がないと「こんなことは私には無理だ」「できるはずがない」と決めつけてしまいます。だから、自分の将来に夢を持つことができない。なりたいものもわからなければ、やる気も起きません。努力は、自分の道や可能性を信じるからこそできるんです。

『酔うと化け物になる父がつらい』は、親の飲酒問題に潜む、自己肯定感との戦いの物語です。
自分を顧みない親たちのために「自分は望まれて生まれてきた」という肯定感を持てず、生きる気力が湧かない作者。それなのにその元凶を作った父の介護をしなければならないことに苦しみます。親の都合や、親の便利のために産み育てられたと感じることほど、虚しいことはないでしょう。

©︎菊池真理子(秋田書店)2017

私にも将来、親を介護する時が来るかもしれません。事実、自分の子どもには自分と同じように結婚をして子どもを産んで、企業に勤めるべきだという親の期待は、今度は「自分を介護して欲しい」に変わったようです。それにはハッキリ「あなたたちの世話はしたくない」と告げました。

 親の飲酒に悩むわけでも、経済的に負担がかかっているわけでもありません。冷たいでしょうか。でも私はこれ以上、親の都合に振り回されたくないのです。それでも、いざというときになってすべてを否定できるかはわかりません。

 親を拒否しても心は晴れません。だからといって、したくない約束をする気にもなれません。どういう選択をしても、恐らく気持ちが晴れることはないのでしょう。
この面倒くささこそが「家族」だと思うのです。

 その、家族から与えられた孤独感を埋めてくれる誰かを、私はずっと探しているんです。以前、親しかった女性から聞いた言葉を思い出します。

「人間は、どうしようもなく孤独なんです。それがわからないうちは、幸せにはなれませんよ」

 家庭環境に関わらず、多くの人が孤独を感じているのかもしれません。過干渉でも、不干渉でも、どちらも人は満たされません。そのどうしようもないさみしさを、お酒で埋めようとする人もいれば、セックスで埋めようとする人もいる。宗教や占いに頼る人もいれば、何かのセミナーに夢中になる人もいる。「酔うと化け物になる父がつらい」に登場する人たち……父親、母親、DVの彼氏、主人公、妹と、誰もが孤独や自己肯定感と戦っています。

 家族がいても、ひとりでいても、孤独なのは同じかもしれません。家族に対するモヤモヤとした気持ちは親から子へ受け継がれて、輪廻のようにグルグルとめぐっているのでしょう。

 だから『酔うと化け物になる父がつらい』のテーマである「親の飲酒」が自分に当てはまらなくても、描かれている多くのことが胸に刺さり、共感を呼ぶのだと思います。とても、辛い作品です。

 家族を許しても、許さなくてもいいのだと思います。自分ができるようにしかできないのだから。

Text/和久井香菜子

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