2017.10.11

誰かと買い物って楽しい?
ひとりで戦い抜かなきゃ
いい買い物できないよ

付き合うのも付き合わされるのも、楽しくない…。
あなたにとっての買い物は、どんな時間ですか。

一緒にショッピングに行くのって楽しい?

一人で買い物を楽しむ西洋女性の画像 © Marion Michele

昔から、「誰かと一緒にショッピングをする」というのが苦手だった。何が楽しいのか全く理解できない。
例えば、自分の趣味嗜好と異なる人がいたする。その人の価値観を共有することができなかったとしても、理解をしてあげる・認めてあげるというのが正しいのだろうけど。

 知り合いに、全く一人で行動できない人がいる。話を聞いてみると、ご飯を食べにいくのも“誰かと一緒じゃなきゃ無理”、映画館や美術館に行くときは“絶対に誰かと一緒にいる”という。まあ、その理由もなんとなくわかる。
前者は、彼女は元々お洒落なお店が好きなんだけれど、間接照明とか、素材を生かしたこだわりメニューとか、バルサミコ酢! バーニャカウダ! みたいな店は、まず一人で入れるところが少ない。牛丼屋やラーメン屋など、比較的男性が多い店で、男性に囲まれてご飯を食べるのもどうも苦手らしい。
後者は、映画や美術にさほど興味がないのだろうと思う。だから人との会話のネタや思い出づくりの一環として、映画館や美術館に行く。どこに行くかよりも誰と行くか。オ! 現代を生きる若者っぽい。

 一人で行くのも楽しいけれど、誰かと一緒に時間を共有すること、会話を重ねていくこと、どちらも同じだけの魅力があるし、それぞれの良さは分かっている。つもり。 しかし、ショッピング。これだけは駄目だ。もちろん、私の性格的に問題があるのは分かっている。人と買い物に行く楽しさが、全く理解できない。

 今度の日曜日、友達とアウトレットに行くんだよね」とか「この前、恋人と買い物とカフェ巡りで表参道に行って~」とか。そうそう、それそれ。その類。
きっと、映画館や美術館と同じで、欲しいものもあるけれど、会話のネタや思い出のひとつを作るために、一緒に行くんだろう。分かってる、分かってる。でも、誰かと一緒に行く必要あるのか? と、どうしても思ってしまう。

一人で戦い抜かなきゃ得られない高揚感

まず、服でもアクセサリーでも、センスの合う人を探すのが難しい。「趣味や価値観が同じ人は、自然と自分の周りに集まってくる」という言葉があるそうだけれど、あれは絶対に嘘だと自分の周りを見渡しながら思う。
センス以外にも欲しいものが同じであるとか、お財布の事情がどうとか、色々考えてみるけど、何もかもが同じ人なんて、そう滅多に見つけられない。だから、誰かと一緒に買い物に行く機会があっても、自然に“付き合う”か“付き合わされる”かのターンになってしまう。2人で買い物をするには、どちらかの時間を犠牲にしなければならないなんて、あまりにも悲しすぎる。

 それだけじゃない。私にとっての買い物は、自分との闘いみたいな一面がある。
この時だけは集中力が高まり、通常よりも計算が2倍ほど早くなる。お金もかかるし、今後自分の身に着けるものだからひとりできちんと考えたい。今見ているものが、自分に本当に必要なのかを見定めたい。試着してみて、イマイチだったこともある。散々悩んだ挙句、買わないことだってある。だから、「もしかしたら、あっちの店のデザインの方がいいかも?」なんて思ってしまったとき、誰かを付き合わせてしまうのは申し訳なさすぎる。やっぱり、誰かと買い物に行くのは難しい。

 そして何より、一番は私自身の趣味の問題がある。私は、「それ、どこで買ったんだ!」と突っ込まれるくらい派手な服やアクセサリーを身につけることが多い。
年齢を重ねたからなのか、顔が地味だからなのか、トレンドを一切無視した装いをすることが多くなった。見た目くらい、自分の好きなようにしたい。毎日好きなものを身につけて、幸せな気持ちに包まれていたいじゃないか! と思っている。こんな趣味になってしまうと、他の人を巻き込めない。

 お気に入りの一品を購入した後の、じわじわと迫る高揚感もたまらない。勇者は、レベルアップをしてから武器を買いそろえる。私の場合は、洋服とアクセサリーを買いそろえることによってレベルアップしている気がする。
自分だけの宝物を手に入れたような、どこに身につけるのか考えただけでニヤニヤしてしまうようなあの感じは、多分一人で、自分自身やお財布と戦い抜いた後でなければ味わえないんだと思う。

 秋服は、もう遅いかもしれない。そろそろ冬にも着られるような服を買いそろえなければ。思いっきり、派手なやつ。服を買うなら、履き倒せるブーツと、大振りなピアスが欲しい。

Text/あたそ

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