2017.12.14

結婚しないと何も手に入らないなんておかしい。
私たちが自由に生きる選択肢を考える

結婚しないと手に入らないかのような女の人生、
そろそろ自分たちで選択できる世の中にしてみませんか?

結婚ってなんだろうな

女性が窓を開ける画像 by Stokpic

最近、結婚制度って窮屈だなとよく考えます。
女の人生の前には、「結婚」「出産」「子育て」「仕事」の選択肢が並んでいますが、そのうち「結婚」「出産」「子育て」は強力に紐付いていて、自由に選択できません。そして「結婚」「出産」「子育て」とぶつかるのが「仕事」ですよね。
これらをどれも切り離して考えられたら、もっと人生は楽になるし、生きやすくなるはずです。

 結婚しないと子育てができない、もしくは世間の目が冷たい、経済的に苦しくなる。だから、なおさら結婚と出産・子育てがセットになってます。でも社会全体で子どもを育てる仕組みがあれば、これらがひとかたまりになる必要はないんです。子育てのために、出産のために意に沿わない結婚生活を続ける必要もなくなります。

 20年ぶりに大学の同窓会を開いたときのことです。子どもがまだ小さい女性は「当日、夫が仕事になってしまい、行けなくなりました」と残念そうでした。それがひどく納得がいかなくて、友人にそう話すと「仕方がないよ、誰もが親に頼れる状況じゃないんだから」と言われて、これまた衝撃でした。

 つまり子育てをするのには、基本的にはやりたいことも我慢しなければならず、好きなことをするためには親の手助けが必要だってことです。夫も頼りにならなければ、社会も頼れない。そしてそれに対して、疑問に思う人も多くないということです。

 そして恐ろしいのは、「自分がこんなにいろんなことを我慢して子育てをしたんだ」という気持ちを、子どもや夫に向けずにいられる人が、どれだけいるだろうってことです。
自分の人生を半分犠牲にして子どもを育てて、果たして子どもに期待せずにいられるのか。子どもが自分とは別の人格を持つ他人だということや、自分の人生を自由に生きたいと思うことに、果たして口を出さずにいられるのでしょうか。

「必要な人がすればいい」というシステムになればいい


 結婚も出産も子育ても、ひとくくりにされているから、まずは結婚しないとほかのモロモロを手にする社会的なチャンスが与えられません。だから「結婚をして子どもがいる女は勝ち組」みたいな考えが浸透しているのでしょう。
本当に結婚という制度が自分に合うのか、したいことなのかを考える前に「結婚しなきゃ負け犬」みたいなプレッシャーがのしかかるんです。仕事が楽しくなくても「結婚すればいい」という考えにもなります。

 逃げ道としての結婚がなくなったら、適齢期と呼ばれる女子たちは、もっと目の前の仕事に注力するかもしれません。自分の人生を構築するのに、どういう道を進むべきかを、婚活に邁進するのと同じように真剣に考えるでしょう。
誰もが全員、結婚・出産・子育ての才能があるとは限らないのだから、自分の才能がどこにあるのか、広い視野を持って考えるべきです。

 結婚も、子どもを産むことも、育てることも、もっと自由に選択できればいい。
結婚と子ども、出産と子育てが別々に考えられるようになったら、パートナーの選び方も、人生の構築の仕方も、きっと変わるでしょう。
子育てをしないなら相手に求めるお金はそんなに必要ないかもしれないし、年の差だって関係ない。自分で子どもを産まなくても子育てできるなら、そもそも「適齢期」なんてなくなります。もっと純粋に「一緒にいて楽しい人」を選べるようになるかもしれない。

 学校を卒業したら就職して、就職して何年か経ったら結婚して、結婚したら子どもを産んで育てる。それが普通という「こうならなくちゃいけない」という世間のレッテルに押しつぶされそうになって、もがいている人はたくさんいるのではないでしょうか。
こういう「当たり前」が、どれだけ多くの人を苦しめているか、そしてそのために女たちは、しなくていい争いをする羽目になっていると思うのです。出産や子育ても選択しつつ、結婚が「必要な人がすればいい」というシステムになればいいんです。

 事実、周りの期待に流されて結婚してみたけれど「やっぱり違った」と離婚した女性は、自分を含め周りにたくさんいます。自分の頭で考える前に、周囲から押しつけられる価値観によって流されてしまい、自分を見失う人がどれだけ多いことか。

 古い考えに囚われて、選択的夫婦別姓すら実行できない腰の重い政府より先に、今、家族以外の集団の形の模索がいろいろ始まっています。
大型のシェアハウスや団地の再生により、家族という形態以外の集団が作られ始めています。こうしたシステムは,古い結婚制度に囚われることなく、私たちが自由に生きるためのツールになっていくはずです。

 もしかしたら数十年後には「自立できない人たちが選択するのが結婚」なんて、勝ち組・負け組意識が逆転するかもしれないですね。そのくらい、自由にものごとを選択できる世の中になっていてほしいものです。

Text/和久井香菜子