2018.5.2

人にたくさん迷惑をかけたほうが
「善く生きる」を目指せるのでは
、という仮説。

「人に迷惑をかけるな」と言われて育った私たち。
でもそれは、「人から何も受け取るな」と同意義だったのです。

「一人が楽しい」と「一人では生きていけない」

緑の中満ち足りている女性の画像

「寂しい」という言葉を聞くと、ちょっとだけ胸がキュッとなります。というのも、恋人がいる・いないに関係なく、「一人は寂しいから誰かにそばにいて欲しい」と思ったことが、私はほぼありません。「一人で食べるご飯よりも、誰かと食べるご飯のほうが美味しい」とも、あまり思いません。美味しいものは一人で食べても美味しいし、不味いものは大好きな人と食べても不味いです。

 たまに悲しく思うのは、隣に愛しい人がいないことではなくて、そんな自分の感性を「人でなし」だとか「人生の豊かさを知らない」だとか言われてしまうこと。もしくは、自分で自分の感性を責めてしまうこと。しかし、私は人でなしではない……! これについては、何度も訴えながら世間の理解が変わるのを待つしかないと思っています。私は人でなしではないが、確かに少数派の感性の持ち主ではあると思うから。

 そんなわけで、「愛しい人に隣にいてほしい」みたいなことはあまり思わない私ですが、「自分は一人でも生きていける」とは考えていなくて、むしろ「人間は一人では生きていけない」と、最近よく実感するようになりました。

なぜか凡ミスをしまくった南イタリア旅行

この春、お休みをいただいてまたまた一人旅をしてきたんです。行き先は南イタリア。しかし、この旅行でなぜかワタクシ、予約した宿にたどり着けなかったり、空港付近で道に迷って飛行機に乗り損ねそうになったり、バスや鉄道の時刻を間違えたり、数え切れないくらいアホなミスをしまくったのです。
でもそのたびに、まわりのイタリア人が一緒に宿を探してくれたり(歩いている方向が全然違ったらしく島のおばあちゃんが車まで出してくれた)、空港までタクシーを呼んでくれたり、コーヒーをごちそうしてくれたり、すごく助けてくれたんです。

 私たちはずっと「人に迷惑をかけるな」と教わってきたし、私も普段の生活ではそこまで他人をアテにしていません。仕事等で必要ならばもちろん頼るけど、それは仕事だし、悩み事を人に相談するのもちょっと苦手です。人に頼るのはダメなことだし、カッコ悪いことだと思っていました。

 でも今回の旅行、変な言い方ですけど、たくさんの人に迷惑をかけるのがちょっと気持ち良かったんですよね。「助けて」って言ったら意外とみんな、普通に助けてくれます。「困ったことがあってもけっこう何とかなるもんだ」と思いました。イタリアは発展途上国ではないし、このくらいは当たり前でしょうか? まあ考えようによってはそうだけど、「いざとなったら誰かが助けてくれる」という世界観に確信を持つことによって、私の自己肯定感は爆上がりしてしまいました。

いざというときの『助けて』が言いやすいように徳を積む=善く生きる!

最近の私は人類学の本をよく読むのですが、おそらく人間の根本には「贈与」があります。与え、与えられるという関係があります。
私たちは「人に迷惑をかけるな」と教わってきたけれど、それは別の言い方をすると「人から何も受け取るな」と同義です。当然ながら、とにかく周囲に迷惑をかけまくればいいという話ではないです。
だけど大切なのは、「人から何も受け取らない」ことではなく、「与えられたぶんを少し多めにして返す」ことなのではないかな……と、ちょっと大人になった(31歳になりました)私は考えます。

 イタリアでたくさんの人にお世話になったぶん、私は東京にいる外国人観光客に親切にしないと罰が当たるでしょう。もちろん身近な人にも、自分の持っているものを必要なシーンで与えられなかったら、私のほうが報われません。
旅先で散々人に迷惑をかけたことで、「困ったときはしょうがないので『助けて』って言おう」と、「いざというときの『助けて』が言いやすいように、普段からgiveの精神を発揮して徳を積んどこう」を、同時に思うようになりました。

 もしかしたら「人に迷惑をかけない」よりも、「いざとなったら世話になる」という心構えでいたほうが、「善く生きる」をきちんとまっとうできるのかもしれません。人に親切にしないと死ぬって、私は今、マジで思っておりますので……。

 「一人が楽しい」と、「人は一人では生きていけない」は、両立できます。
もっと胸を張って「一人が楽しい」と言えるように、自分の感性を責めないために。独り身だからこそ周囲ときちんと関わっていきたいと、最近の私は決意を新たにして、ガンバっています。


Text/チェコ好き

前回記事<隣の芝生はいつだって青いけど、都合よく羨ましがるだけの人はずるい>もチェック!
私たちは、他人の見えない部分を勝手に想像して、羨んだり嫉妬したりしていないでしょうか。

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