2018.5.8

何もない私はこのままで大丈夫なの?
その答えは、身近にあったりする

軸とか、芯とか、何もないと思える。
でも自分だけで決めるものではないのかもしれない。

私は何者なんだろうか?

旅行中に自分のアイデンティティに悩むカメラを構えた女性の画像 by Lisa Fotios

ときどき、私は何者なのだろうと思うことがある。
自分の置かれている環境から少しでも離れてみると、自分を支える軸みたいなものが、根っこみたい部分が、少しずつブレていく。それから、不安になる。このままで、大丈夫なのだろうかと。今までも、大丈夫だったのだろうかと。
なんだか、自分が何も持っていないような、誰の記憶にも残らない、小さくてつまらない人間であるように思えて、焦りに似た感覚が胸の奥の方から襲ってくる。

 GWはロシアに行っていた。イルクーツクという、世界遺産のバイカル湖のふもとの街。そこで知り合った人は、ロシア人の両親を持つ、オーストラリア人だという。8歳くらいまでロシアで過ごし、それから大人になるまで、オーストラリアで生活をしていたらしい。 オーストラリアとロシア、2つの国籍を持っているからこそ、ときどき自分がどちらの国の人間なのかわからなくなることがあって、何かがわかるかもしれないと思い立った彼女は、自分のルーツとなるロシアを何カ月かかけて、旅をしているようだった。

 同じくして、ブリヤート共和国(バイカル湖の南東部に位置する)というところから家族旅行できたという13歳の女の子と出会った。彼女は日本のアニメが好きで、私よりもずっと日本のアニメに詳しくて、なんだかとてもいたたまれない気持ちになり、簡単な質問にすら答えられない日本人の自分を少し恥じた。ロシア人の彼女より、ずっとアニメに近いところにいて、その気になれば色々なものを見ることができるのに。言葉も、おそらく感性みたいなものも同じだから、理解もしやすいはずなのに。

 オーストラリア人の彼女のように、自分の国籍や人種に疑問を持ったことはないけれど、日本に関する簡単な質問に答えられない私は、ときどき「自分は、本当に日本人として大丈夫なのだろうか?」と自信をなくす。そして、人間関係を1からスタートさせなければならない環境に身を置いたとき、「私は、一体どんな人間なんだろう?」と不安に思うことがある。

 私は、きっと日本のことを何も知らない。日本だけではなくて、世界のどんなことも。
何も知らない私は、どこにも所属できないで、何もない空間に宙ぶらりんになっているような、そんな感覚になっていた。

 日本人の両親から生まれて、名前を付けられて、ずっと日本で育ち、日本語を話す。だからきっと、日本人なのだろう。でも、日本で生活をしている間は、そんなこと疑問に思ったこともない。どういう条件が揃っていれば、私は自分のことを日本人として認めてもいいのだろか。

周囲の人間は、鏡の存在だ

平日は仕事をし、たまに友達とお酒を飲んだり、映画や小説を読んだりして、長期休みが取れるとどこか遠くの国へと向かう。ときどき死にたくなったり、何もかもが嫌になったりして、でも大丈夫になったりして、そういうのを含めて「私なんだ」と思っている。

 そんな私が、私だと認識できるのは、きっと周りの環境があり、自分の好きなものや好きな人に囲まれながら生活しているからだ。
毎日同じ生活を積み重ねていって、私のことを名前で呼んでくれ、役割を与えてくれるから居場所が増えていき、どんな性格をして、何が好きなのかを知っている人がいるから、たぶん私は自分が今ここにいてもいいのだろうと思えるし、自分がどんな風な人間で、どんな価値を周囲に与えられているのかがわかるのだと思う。
時間や経験を重ねていって、評価してくれる人がいるからこそ、自分の自信にもつながっていくのかもしれない。

 GWが明けてまたいつもの生活がはじまると、他にたくさん考えなくてはいけないことに埋もれて、きっとこんな風に思っていたことも忘れてしまう気がする。だけど、仕事や人との関係のなかで自分の役割を見つけて、見合った行動を取っていけばいい。そうすれば、自分の国籍や人格、どんな人間なのかを不安に思うこともずっと少なくなると思う。

 1人でいたいとか、1人が好きだとか、そう思えるのも、周りの人が何かしらの価値を与えてくれるからで、どう思われているのかばかりを気にしていたら、きっとこんな風になっていなかった。私が人間関係を手放せず、いつでも手の届くところに置いているのは、自分に対しての自信のなさからなんだろう。

「周囲の人間は、鏡の存在だ」という言葉があって、似たもの同士が集まるという意味らしい。自分が一体どんな人間なのかを教えてくれるのも、周囲の人とか、環境や生活とか、きっとそういう自分の手の届く範囲にあるものなのだと思う。

Text/あたそ

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