2018.5.22

どんなに仲が良くても興味はなくなる。
過去の友だちとの付き合い方

大切な人を、
きちんと大切にできない私は、
一体なんなんだろう。

この部屋には現在進行系のものしかない

友達が写っているアルバムを面白くなさそうに見ている女性の画像 by Studio 7042

今の住まいに越してから、半年が経とうとしている。
引っ越した当初は、「寂しくなったらどうすればいいんだろう」「掃除が苦手だから、部屋がどうしようもなく汚くなってしまうんじゃないか」というような不安を覚えていたけれど、どちらも杞憂に終わっている。
毎日が慌ただしく過ぎていくから寂しくなることもそれほど多くはないし、私は自分が責任者となるようなところでは苦手なことでも最低限のことはきちんとする性格のようだった。今のところ、部屋もきれいだ。

 部屋をきれいに保てているのにはもうひとつ理由があって、ほとんどものがないからだった。もともと住んでいた部屋は、CDと漫画と服で溢れかえっていた。けれど、整理をしてみるとほとんど必要のないもので、恐らく所有物の2、3割程度しか今の住まいには持ち込んでいない。ものが多いのに捨てられないから、私は掃除が苦手だったのかもしれない。
それから、今の住まいのなかで一番古いものは、中学1年生の頃に買ったジョージ朝倉の『恋文日和』だった。大好きな漫画だ。
色紙や写真など、思い出みたいなものを残しておくことが苦手で、それらしいものは何もない。本当にすべて捨ててしまった。今私がいるこの部屋は、現在進行形で私を構成するものでできている。

 新しい場所に移るとき、昔の思い出を持ち越さないのは人間関係でもそうだった。私には、「地元の友達」という存在がひとりもいないし、中高の友達すら、誰とも連絡を取っていない。
それだけならまだよくて、最近は大学の友達ともなんだか疎遠になりそうな気がしている。彼女たちから連絡がくると、中学高校の同級生から連絡を立て続けに断っていたときのような、同窓会のLINEグループに突然加入させられて焦って退会したときのような気持ちになる。

 少し離れたところに住んでいるとか、忙しくてなかなか時間が合わないとか、そういうことも関係しているのかもしれない。長く会わないうちに、自分が何を話したいのか、それから彼女たちのどんなところに興味を持てばいいのか、よくわからなくなってくるのだった。
「久しぶりに会いたいな」とか「今どんなことしているのかな」とか、そんなことすら思わない。それどころか、数年前はどんな風に毎日話をしていたのか、何が楽しくて彼女たちと私が一緒にいたのかも、よく思い出せなくなってきている。

 たとえ久しぶりに会っても、それなりに楽しく過ごすことはできるだろう。近況報告や恋愛の話、それから仕事の愚痴と学生時代の思い出話を2時間も3時間もぶっ通しで話して、駅のホームで「またね」と言いながら終わる。きっとそうだ。でも、そういう時間が、久々に会った高揚感やアルコールのおかげで笑いのツボが浅くなっていることを抜きにして、本当に楽しいのかどうか、私にはわからない。
きっと、それはお互い様だ。みんな人の生活には興味なんてないし、どんなことが起ころうと関係ない。どんなに仲がよくても。
ついでに言うと、人の話が面白いことなんて滅多にない。大人がお酒を必要とするのは、自分の退屈さを紛らわすためかもしれないし、だから私はずっとお酒が手放せないのかもしれない。

この人間関係をどうやって維持すればいいのか

私はこれからの人生において、「地元の友達」「10年来の親友」「腐れ縁の仲間」みたいなものが一切登場しなくなるんだ、ということについこの間気が付いた。その選択がいいとか悪いとかではなくて、私の人生のうちでずっと重要な登場人物だった人は誰もいないし、遠い過去から現在にかけての私を知っている人もいないということになる。
もしかしたら、昔からお互いのことを知っている人というのが、私にとってかけがえのない存在かもしれないのに、私にはそれを確かめる術がない。なんだか気づかないうちにとてつもなく大きな財産のようなものを、どこかに置いてきてしまったような気がした。

 以前にも、大学時代の友達に対して「ああ、疎遠になるかもしれないな」と思ったことがあって、そのことを共通の友達に話すと、「あんた、あんなに優しい子に愛想つかされて疎遠になったら人として終わりだよ!」と言われたことがある。

 そうだ、そうなんだ。いい人たちで、恐らく今後も大切にしたほうがよさそうで、たとえば私が多額の借金を抱えたとか何かの拍子に事件に巻き込まれてしまったとか、そういうときに一番に助けてくれる人たちだってこともわかっている。
けれど、どうやって興味を持ち続ければいいのか、どんな風にひとつの人間関係を大切にし続けたらいいのか、私にはよくわからなかった。聞きたい話も思い浮かばないし、私がしたい話もない。そういう人と、私はどうやって接していったらいいんだろう。

 もう本当に人間として終わりなのかもしれない。大切な人をきちんと大切にできない私は一体なんなんだろう。もっと大人になっても、周りの人を大切にする方法がわからないまま大切な存在をものみたいにどんどん捨てていって、人生でとてつもなく大きな財産を見逃してしまうのかもしれない。


Text/あたそ

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軸とか、芯とか、何もないと思える。でも自分だけで決めるものではないのかもしれない。